クラブ史上初のサッカーJ2優勝とJ1昇格を掴み取った水戸ホーリーホック特別インタビュー

水戸ホーリーホックインタビュー

水戸黄門こと水戸藩第2代藩主・徳川光圀公の字(あざな)「子龍」、苛烈で情熱的な水戸藩第9代藩主・徳川斉昭公の三つ葉葵のエンブレムを誇り高く掲げる水戸ホーリーホック。クラブ創設31年目、J2の舞台で全国行脚を続けて26年目、ついに悲願のJ2優勝とJ1昇格の歴史的快挙を達成しました。
水戸のDNAを受け継ぐ在籍23年目の森直樹監督(当時。2026シーズンよりフットボールダイレクター)は、攻守にスピーディーで明確なスタイルを徹底。J2日本人最多得点のエース渡邉新太選手やU-22代表の齋藤俊輔選手ら個の爆発力、桜川市出身の飯田貴敬選手や龍ケ崎市出身の鷹啄トラビス選手などディフェンス陣が組織的な堅守を融合させ、昇り竜のごとくリーグを席巻しました。
前半戦の8連勝、15戦無敗というクラブ新記録を樹立し、約3ヶ月の間、首位を快走。幾多の苦難を乗り越え、2位で迎えた最終戦の大分トリニータ戦では、クラブ史上最多1万743人の大観衆が集うホームで快勝。勝ち点70で並んだ長崎を得失点差で逆転し、劇的な形で念願のJ1への扉を開きました。
この新たな歴史を築いた小島耕社長、沼田邦郎取締役、森直樹監督(当時)、2025シーズンのキャプテンを務めた松原修平選手と牛澤健選手に、歓喜の裏側と今後の展望をうかがいました。

令和7年12月5日 茨城県庁にてお話をうかがった内容の記事です。森直樹監督(当時)は、2025シーズンをもって監督を退任され、2026シーズンよりフットボールダイレクターに就任しています。

水戸ホーリーホックインタビュー

小島耕社長 ― 改革と成長を牽引するトップ

J1昇格を決めた瞬間、社長として最初に思い浮かんだことは?

小島社長
31年間、何度も消滅や経営危機に見舞われた中で、このクラブを支えてくれた人たち、クラブに愛を注いでくれた人たちへの感謝が思い浮かびました。

2020年社長就任時、クラブは何が最も課題で、どこから改革を始めましたか?

小島社長
前任の沼田(取締役)の力もあり、クラブを知る方はかなり多くいらっしゃったと思いますが、経営の安定化が課題でした。フロントスタッフを増やし、会社として前進できる体制をまず作りました。フロント側にしっかり投資をし、その結果、トップチームへの投資が順番的に繋がり、次はアカデミーへの投資になると思います。そのような循環がやっと生み出されるようになり、そのタイミングの中でJ1昇格という起爆剤が生まれました。また次のステップへいけるのではないかと思います。

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J1昇格でクラブ経営は大きく変わりますが、地域密着を掲げるクラブとして、変えたくない価値観とは?

小島社長
J1に上がると応援していただく方が増えると思いますが、その中でも選手、クラブとファンサポーター、地域との距離感をこれからも失わない取り組みは続けていきたいです。今まで “会いに行ける選手、会いに行けるクラブ”を地道に続け、皆さんへの価値を拡大してきました。そのスタイルは変えずにやっていきたいと思います。

小島こじまこう

1974年鉾田市生まれ。茨城高校、明治大学商学部を卒業後、図書出版に入社。日本初のサッカー専門新聞「EL GOLAZO」の編集部デスクなどを経て、2020年水戸ホーリーホックの運営会社である株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホックの代表取締役社長に就任。

沼田邦郎取締役 ― クラブの礎を築き上げた前社長

クラブ史上初のJ1昇格を、クラブ創成期を支えた立場としてどう受け止めましたか?

沼田取締役
2008年からクラブ内部へ関わらせていただいて、その時の状態を見ている身としては、本当に夢のようです。これは多くの方々のご支援で繋いでいただいた結果であり、非常に感無量です。

社長在任時に描いていたクラブの未来像と、現在の姿はどれほど一致していますか?

沼田取締役
ホーリーホックが水戸を中心とした茨城県に浸透してるかというと、まだまだです。これを機に色々な人たちがホーリーホックに関わり、この茨城の起爆剤や経済の中心となっていく。そういったことが起きた時、水戸ホーリーホックの存在意義が初めて生まれると思います。世界に繋がるクラブであることを実証していくためにも、これからがスタート地点だと思っています。

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財政難や危機的状況も経験した当時と比べ、今のクラブの強さの本質はどこにあると思いますか?

沼田取締役
チームとして一体感が出たこと、そして規律を重視したチーム作りをした点です。2019年に長谷部茂利監督のもとで昇格争いに加わったこともありましたが、2025シーズンのチームはその時よりも一体感がありました。あとは森監督が20年以上も水戸に在籍していただいていまして、クラブのことをある程度、分かっています。その中で大事にしていたことは、やはりクラブの規律だと思っています。規律をしっかり踏襲して、チーム作りしていただいたことが、優勝や昇格の一番の要因だったと私は思っています。

沼田ぬまた邦郎くにお

1964年水戸市生まれ。茨城キリスト教学園高校卒業後、株式会社ヌマタ商事入社。 同社常務取締役、水戸市サッカー協会理事長を務めた後、2008年から12年間、株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック代表取締役社長に就任。18年はJリーグ非常勤理事も兼任。現在は株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック取締役を務める。

森直樹監督(当時。2026シーズンよりフットボールダイレクター) ― クラブのDNAを体現する指揮官

監督として迎えたJ2優勝・J1昇格。率直に、どんな感情でしたか?

森監督
信じられない部分が70%、残りの30%は「やってやったぞ!」という心境です。水戸ホーリーホックは昇格や優勝が確率的に低かったので、自分自身、びっくりした部分は結構あります。「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強い」と選手たちに繰り返し伝えていましたが、それを1試合1試合、しっかり体現してくれたのが非常に大きかったと思います。上位チームと対戦した時は、マンパワーの部分で勝ち点を取れなかったこともありましたが、そのような精神で取り組んでくれましたので、下位のチームからとしっかり勝ち点を落とさずに積み上げられました。

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選手・コーチとしてクラブに関わってきた監督から見て、今の水戸の強さはどこにありますか?

森監督
一体感ですね。選手だけではなく、アカデミー、フロントスタッフらが本当に近い距離感で、一体感を持って戦っていました。水戸はビッグクラブではないので、チームを良くするために、みんながハードワークした結果だと思います。例えばアカデミーのユースチームらは、トップチームのトレーニングパートナーとして、色んな協力のもと、平日にも関わらずグラウンドへ来てくれたりしていましたし、みんなで勝ち取ったJ1だと感じています。今までクラブは選手の成長や育成に偏りがちでしたが、やはりプロチームですから試合に勝たなければ意味がなく、勝つことにこだわりました。そこは自分が就任してから非常に大きく変わった点だと思います。

変化を実感したのはいつ頃ですか?

森監督
2025シーズンからですね。2024シーズンは残留争いの中、シーズン途中で監督に就任し、なかなか難しい部分はありました。2025シーズンはスタートからチーム作りができ、開幕戦0-3で負けていた中でも、2点を取って1点差まで持っていき、次のホーム開幕戦でしっかりと1-0で勝ちました。そういった勝利へのこだわりは、スタートからチーム全体に浸透させられたと思います。

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J1で戦っていく上で、水戸のスタイルとして、どんなサッカーをしていきたいですか?

森監督
これまでと同じくアグレッシブ、ハードワークは当たり前で、さらに攻守に渡って理論的なサッカーをしていかなければならないと思っています。一戦に懸ける想いを忘れず、しっかり開幕までに落とし込んで、J1相手だろうが自分たちの戦いをしていきます。まずは守備を100%サボらずにやる。最後はマンパワーで決め切って勝つスタイルになってくると思っています。

もり直樹なおき

1977年埼玉県生まれ。武蔵越生高校、道都大学(現・星槎道都大学)を経て、2000年~2002年セレッソ大阪、2003年~2005年水戸ホーリーホックでディフェンダーとして活躍。2006年から指導者に転向し、水戸ホーリーホックユース監督など下部組織で手腕を発揮。2016年から同トップチームのコーチやスカウトを歴任。2024年5月からトップチーム監督として指揮を執り、クラブ初のJ2優勝とJ1昇格に導いた。2026年からトップチームの強化を担当するフットボールダイレクターに就任。

松原修平選手 ― 最後尾から支えた守護神

チームとして、2025シーズンで最も苦しかった時期は?そのとき、どのように乗り越えましたか?

松原選手
シーズン最初の7、8試合ですね。あまり勝てませんでしたけれど、いい試合はできていましたので、そのうち結果が出るだろうと思っていました。夏の中断明けから勝てない時期もありましたが、一人ひとりが普段の練習やミーティングの重要性を、常日頃から自覚を持って発言や行動で示していたのが良かったと思います。

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個人個人でモチベーション上げる雰囲気は、どのように芽生えたのですか?

松原選手
2025シーズンはさまざまなチームを経験した30代前後の経験のある選手たちが来てくれました。その選手たちが普段から取り組む行動や発言をし、若い選手はそれらを見聞きしていました。「上の人があれだけやっているのだから、自分たちもやらないといけない」と、どの年代の選手も、その背中を見て、責任感を持って取り組んでいたことが良かったと思っています。

最終ラインからの視点で、チームがJ2を抜け出せた理由はどこにあったと思いますか?

松原選手
単純に失点が減りました。森監督は「水戸ホーリーホックは守備のチームだ」と言いますが、シーズン中は日本代表の映像をよく見せてくれました。特にW杯のアジア予選で、日本代表がピンチの場面に対して5、6人で突っ込んでシュートを止めに行くシーンは何回も繰り返し見せられ、「日本を代表する選手たちがこれだけやっている。俺らはもっと下手なんだから、もっとやらなきゃいけない」と。監督はマンパワーと表現しますが、2025シーズンの快進撃は、最後の際の部分で、選手全員が身体を張った結果だと思います。本当にゴール前の攻撃も守備も大事なところで、しっかり力を発揮できました。

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J1で強力な攻撃陣と戦うにあたって、自分自身が強化したいポイントは?

松原選手
自分の強みはシュートストップ。2025シーズンは自分たちが主体となって攻撃も守備もできたのですが、やはりJ1で水戸は1番下のクラブになり、非常に攻められる回数が多くなると思います。そこでしっかり自分の特徴であるシュートストップを出したいと思っています。J1とJ2の差はゴールキーパーとセンターフォワードだとよく言われます。そこで「ゴールキーパーは弱いよね」と言われないようにしたいですし、攻められっぱなしも無理ですので、特に堅い守備を構築できるようにしなければいけません。2025シーズンは西川(幸之介)の足元の攻撃が素晴らしかったので、負けないようにキックの精度もしっかり高めたいと思います。

松原まつばら修平しゅうへい

1992年北海道生まれ。ポジションはゴールキーパー。コンサドーレ札幌ユース・U-15、U-18を経て、ファジアーノ岡山に入団。カマタマーレ讃岐、ザスパクサツ群馬、湘南ベルマーレ、京都サンガF.C.、北海道コンサドーレ札幌など様々なクラブを経験した後、2024年水戸ホーリーホックに加入。長年の経験に裏打ちされたその状況判断力、一対一の局面を制圧する最後の砦。2025年は牛澤健選手と主将を務めた。

牛澤健選手 ― 不屈の魂で未来を拓いた主将

2025シーズン、自分が成長したと感じたターニングポイントはありますか?

牛澤選手
最終節の試合です。なかなか試合に絡めず、2025シーズンは本当に苦しい思いをしていた中で、最後の最後に回って来たチャンスでした。そこに対する試合の向かい方や、気持ちの作り方は、本当に色々な想いがありました。これから先、経験することのないような経験でしたので、人生のターニングポイントにもなるのではないかと感じるほど、大きな一戦でした。

水戸ホーリーホックインタビュー

ベテランの松原GKやDF陣から学んだ、このチームの守備の本質は何ですか?

牛澤選手
森監督や細川淳矢コーチが守備のことに関して、本当に徹底して色んなことを提示してくれて、わかりやすく指導してくれました。松原選手を含め、ディフェンダー陣の一人ひとりが一つひとつのタスクを徹底して行ったからこそ、この結果になったのではないかと思います。

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J1で戦う上で、自分の中で強化したいポイントは?

牛澤選手
まず身体能力の部分です。その中で守備の対人、ゴールを守る部分は、J1でも飛び抜けていかなければなりません。自分の長所であるゴールを守る部分は、もっともっと伸ばしていきたいところです。

牛澤うしざわたけし

2001年愛知県生まれ。ポジションはディフェンダー。名古屋グランパスの下部組織、中央大学を経て、2024年大卒ルーキーとして水戸ホーリーホックに加入。全身全霊を捧げてゴールを死守し、卓越した技術で攻撃の起点となる最終ラインのキーマン。2025年は松原修平選手とのWキャプテンに就任した。

さらにこの先の30年を見据えて

「育成の水戸」と言われているが、クラブ自身が30年の歳月を経ていよいよJ1へ昇格するまでに育ち、2026シーズンはJ1で旋風を巻き起こすことが期待されています。
「人が育ち、クラブが育ち、街が育つ」というミッションを掲げていますが、さらにこの先の30年を見据えて、水戸ホーリーホックはどのようなクラブを目指していきたいと考えていますか。

小島社長
今回の優勝や昇格は、日本のスポーツ界、日本のサッカー界に向けて、地方市民クラブでもこのような結果を出せるという一つの存在になれたと思います。向こう30年も日本、世界のスポーツ界に一石を投じるようなクラブとなり、規模が小さくても、責任企業はなくても、常にチャレンジを続けて戦えるクラブを作っていきたいと思います。そのためには当然、我々クラブは規模が大きくなっても、この地域との関係性や密接な距離感を大事にしていきます。しっかり収入を得て、それを適正に投資していくクラブにしていきたいです。

森監督
大前提として、J1定着をしていくことです。その中で目指すところは、やはりACL(AFCチャンピオンズリーグエリート)への出場やJ1の上位、優勝です。そして、チームが率先して街全体にサッカー文化に根付く働きかけをしていくことです。

 

 

2026年「明治安田J1百年構想リーグ」は、2月6日(金)開幕!

明治安田J1百年構想リーグは、2月から5月にかけて繰り広げられる、白熱のダービーマッチが多い「地域リーグラウンド」、5月末から6月にかけて順位が決まる「プレーオフラウンド」の2ラウンド制で開催されます。水戸ホーリーホックは、2月8日(日)味の素スタジアムでの東京ヴェルディ戦からスタート、ケーズデンキスタジアム水戸で開催される最初のホームゲームは、2月22日(土)のジェフユナイテッド千葉となります。水戸ホーリーホックをぜひ応援してください。

「明治安田J1百年構想リーグ」水戸ホーリーホック試合日程

 

関連リンク

水戸ホーリーホック情報
水戸ホーリーホック公式サイト

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